なぜ外国人が増えたのか

外国人が多い地域だと言われている大久保一丁目、いわゆる百人町周辺の地域だが、実際どれだけの外国人がいるのだろうか。新宿区の総人口は、2003年の調査によると29万9647人であり、その中の登録外国人者数は2万9226人。実に9.7%である(1)。約30年前、1975年は総人口35万6066人に対して1.62%。総人口は1995年の28万4385人まで緩やかに減少し、その後は増加に転じている。とはいえ、総人口はあまり変化がない。対して登録外国人数の比率は、年0.2%ほどの割合で着実に増えている。特に最近は年0.3ないし0.4%程と、伸び率が高くなっている(2)。これは、総人口は変わらないものの登録外国人数は年々増えており、つまりは日本人の数が減っているということになるのだ。(3)。なお、登録外国人とは、外国人登録法に基づいて外国人登録をしている日本に在留する外国人のことである。

さらに率の高い例を見てみると、大久保地域の登録外国人は33.3%。実に3人に1人という計算となる。その中でも北新宿や百人町、特に百人町はさらにそれが顕著で、登録外国人の数は47%。3人に1人の時代はとうに過ぎ、もはや2人に1人は外国人というような状況になりつつあるのだ(4)。しかも、これはあくまで登録している外国人だけである。不法滞在者や、オーバーステイ、つまりビザが切れているのに在留している外国人は含んでいないので、実際はさらに多いと予測される。道行く人の半数以上は外国人という大久保の町の状況が、まさに数字の上からも立証されているのである。

また、一口に「外国人」といっても、そう簡単に一くくりできるものではないし、すべきものでもない。それでは、割合としてはどのようになっているのだろうか。新宿区全体の2万9000人のうち、韓国は1万1000人、中国が9157人、他にフィリピンやアメリカなど、実に104ヵ国にも登る国々から外国人はやって来ているのである。こうしてみると、やはり韓国からの人々をはじめとして、アジア系の国々からの来日が多い。

それでは、なぜ彼らはわざわざ日本にやってくるのだろうか。また、なぜ日本人は入れ替わるように減っているのだろうか。まず、大久保地域に固まる原因だが、それを歴史的に考えてみる。終戦直後から、現在の職安通りには多くの求人があり、日雇い労働者が多かった。そこで、朝鮮・韓国人も住みだすようになる。また、ロッテの工場が移転してきたように、決して当時あの地域は都会ではなかったので、土地はそれほど高くなかった。そこに、木造の粗末なアパートがたくさんできて、そこに韓国人が住んだのだという(6)。この木造アパートには他に学生や出稼ぎでやってきた労働者が入っており、当時の韓国人の厳しい生活状況が分かる。こうして彼らは入居したものの、1965年ごろからの新宿副都心計画によって新宿の開発が進んでいき、だんだんと地価が高くなっていってしまった。それによってアパートは取り壊されて、新しくビルが出来ることとなる。そうなると彼らは住む場所がないので、開発の進んでいない大久保のほうに集まることとなったのである。一度集まれば、次にやってくる人々も、国籍が違ったとしても同じ百人町周辺にやってくる。なぜなら、一度その町で外国人に対してあまり警戒感を抱かないようになると、例えば家を借りるにしても外国人がほとんどいない町で借りるよりも楽だからである。

こうして、初期の頃は主に韓国人がやってきていた。それでは、最近やってきた韓国人や中国人はなぜやってきたのだろうか。それは、日本にはビジネスチャンスがあるからだという(7)。もちろん、留学生も多いが、留学生として学びつつ、起業を目指すと言う人も多いらしい。東京のネットカフェやレンタルビデオ店の店長には、意外にも韓国人や中国人が店長をしている店が多いそうだ。特に、韓国からしてみれば釜山と東京ならば、あまり地理的な差を考えなくても良いほどの距離の差しかないのである。また、韓国全体がいま好景気で、対外進出の気運が高まっているということもあるそうだ。他の国からやって来ている人々も、日本の高い給料が魅力となっているのだという。このように、日本は来日してくる外国人にとって、魅力的な国なのである。特にアジア系の人にしてみれば、アメリカやヨーロッパほど遠くなく、同じアジアであるという親近感も大きいだろう。

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作成:2004-02-23