ヘンリー・ジェイムズ*とアルフレッド・ヒッチコックとを比較する中で、私が目標としているのは、描写の(表現)方法が表現内容―この場合は、世界の特徴的な考え方に当てはまる、映画の型に対する文学の型(という考え方)―にどのように対応するかを探求することである。ジェームズとヒッチコックはこの種の比較をする際に力を貸してくれる(⇒役に立つ)。なぜならば、彼らは二人とも、自らが取り組んだ表現方法に関して、よく似た立場に立っているからだ。ジェームズは小説が最も人気が有り影響を与えていた時期に小説を書き始めた。彼の生涯の最期は、小説の衰退だけでなく、文学全体の伝統―その最高潮は小説によるものだった―の衰退とも一致した。ヒッチコックは中年に差し掛かったとき、映画の仕事を始め、(それ以来)ボードビルやサーカスのような娯楽の、非物語形式への拘束を振り捨ててきた。彼の生涯は、古典的な物語的映画の発達からその終焉に随行していた。(もし現代主義者たちが小説の死について言うことが出来るのならば、きっと私たちは物語的映画の死についても語ることが出来るだろう)。ヘンリー・ナッシュ・スミス*は「ヘンリー・ジェイムズが“19世紀の解散(?)”を成し遂げる手助けとなった」と述べた。ヒッチコックは、私が思うに、20世紀の解散を成し遂げる助けとなった。
ジェームズもヒッチコックッも大柄で、ほとんど体を動かさない男だった。機敏に動くよりはむしろ、周囲の世界を観察する人間だった。自叙伝のエッセイである「A Small Boy and Others」の中でジェームズは、他の少年たちの身体の強さや喧嘩好きであることにたじろぎ、母と姉と叔母と一緒に家で静かに暮らすことを好んだ、と思い出を語っている。彼は一般的な背中の傷のために、南北戦争時の兵役を免除された。背中の傷はかすかであったが、彼の小説のなかで多くの主人公たちを疫病にかかり、生きるための行動(?)を免除されることを連想させる印であった。
ジェームズのように、ヒッチコックも社会ののけ者だった。彼は学友たちから「孤独な太っちょ」と呼ばれていた。彼は端の方で立って他の男の子たちが遊ぶのを見ていたのだ。彼もまた、母親からひいきされ、(ヒッチコック)より活発だった兄の庇護の下で育った。彼も兵役(第一次世界大戦時の)を拒否されたが、彼の場合はジェームズより神秘性は無く、体重のせいだった。
これらの基本的な類似点から、しかしながら、2人の人物ははっきりと、かつ対照的に異なっている。つまり、各々が成功を修めた手段(⇒小説と映画)について多くを語っている相違である。
ヘンリー・ジェイムズはニューヨークシティに生まれ、特権生活に入った。彼の父方の祖父は、アイルランドから(アメリカへ)移住した後莫大な財産を築き、商業的な懸念からの負担となるものがない生活を追求するために、将来の世代(=子孫)を残した。ジェームズの父のサー・ヘンリー・ジェームズは19世紀の知識人文化における偉大な人物だった。彼はエマーソン*やソロー*の友人で、スヴェーデンボリ*の信奉者であり、斬新な教育案の支持者であった。彼は息子たちに、権威を疑い、型のはまった、あるいはありふれたように見えるものはなんでも軽蔑するように教えた。ヘンリーの兄*は、父の期待に応え、職業の重点を、芸術から医学へ、医学から哲学へ、哲学から最終的に心理学へと移した。心理学では彼は本質的に、アメリカ型におけるその分野を考案した。ヘンリー・ジェイムズは、兄ほど回りくどくはなく、小説を書くことに自身の独自の達成の手段を見出した。
小説家(=ジェイムズ)を作り上げた上流階級で知的な環境は、映画製作者(=ヒッチコック)を生み出した経歴とはそれほどかけ離れていなかっただろう(?)。ジェームズの半世紀と少し後に生まれ、ヒッチコックは労働者階級で育った。そのカトリックの家庭では、お金と教育は不足していた。彼の父親は八百屋であり、魚屋であり、生計を立てることと協会に行くこととが家族の一番の関心事であったようだ。ヒッチコックは静かに子供時代の思い出を語った。(インタビュアーに繰り返し詳しく語ったことには)処罰として、警察官に任務で彼を(刑務所に)閉じ込めるよう書いたメモを持って、父親に地元の警察署に送られたということも含まれていた。その出来事は、ジェームズの子供時代におけるしつけ―社会的な権威を疑うもの―と、ヒッチコック(の子供時代におけるしつけ)―社会的権威を疑うことがなかった―との違いを劇的に表現している。二人の異なった態度は、二人が自分の仕事を通して語りかける異なった観衆に反映されるだろう。(⇒おそらく、ジェームズとヒッチコックが異なった層の観衆をターゲットに作品を作っていたということが言いたかったのでは…?^^;
*Henry James (1843-1916):アメリカ生まれの小説家。長年ヨーロッパに滞在し晩年にはイギリスに帰化した。
*ヘンリー・ナッシュ・スミスは、1950年、『処女地』と題する本を世に問い、ひろく受け入れられた。
*エマーソン(Ralph Waldo Emerson、1803年 - 1882年)は、アメリカ合衆国の思想家、哲学者、作家、詩人、エッセイスト。
*ソロー(Henry David Thoreau、1817年- 1862年)は、アメリカ合衆国マサチューセッツ州コンコード市生まれの作家・思想家・詩人・博物学者。
*スヴェーデンボリ(Emanuel Swedenborg, 1688年- )はスウェーデンのバルト帝国出身の科学者、政治家、神秘主義思想家
*ウィリアム・ジェームズ:。『プラグマティズム』で有名な心理学者・哲学者
ジェームスの初期の作品と批評は控えめな成功をもたらしたが、彼のスタイルは経験を得ていくことによりより難しくなり、彼の読者数は徐々により小さく、より選択的なものになっていった。それは文化全体でみられる革命だった。ジェームスの死からやっと5年、ヒッチコックが映画を作り始めた時、文学界にははっきりと「高位層」と「低位層」に分かれていた。エリート連中のための現代主義者の作品と、大衆・中下級市場のための三文小説家の作品で、彼らの作品は映画のシナリオの基礎としてだんだん役立っていった。したがって文学文化の人気要素が併合し、映画文化によって、結局包摂されていった。
教育と家族のつながりが欠如していたので、ヒッチコックが映画という媒介に引き込まれ、文学という手段よりもむしろ映像を通してそこに導かれようとするのは、当然のことのようだった。ヘンリー電報とケーブル会社の研究者を自分の最初の仕事として獲得した後、彼はすぐに広告部門を自分の進む道とした。2、3年後の彼が21歳の時、彼は新しく作られた有名選手ラスキー会社のイギリス部門によって表題のデザイナーとして雇われた。彼が管理者としての地位まで急速に登っていくにつれて、彼の心は、彼の言葉を借りると「厳密に目が見える」ものにとどまっていき、文学的効果には無関心だった。「私は華やかで、主な魅力が言葉の置き換えにある文学は好きではない」と彼はフランシス・トゥファットに説明した。彼は1939年のデパネ・ドゥ・マリアの小説「レベッカ」の改作を議論した時にこの点を詳しく述べている。「その物語は流行遅れだ。そのとき、女性文学の全学校があった。そして私はそれについて反対しなかったが、実際ユーモアに欠けている。」結果として生じたその映画は、「ヒッチコックの映像ではない」と彼は述べた。これらの意見が示唆するように、ヒッチコックの傾向として情緒よりもユーモア、反映よりも動き、文学よりも映像、過去よりも現在を好む傾向にあった。〕ジェームズが、文学における深遠な、そしてヒッチコックに言わせれば「文飾華美な」側面に、幼少の頃から養われていた自身の傾向をより強固にするような方法論を見出した一方で、ヒッチコックは、こうした傾向から逃れる方法として映画を採用したのである。 映画のセットに支配下に自分をおき、自分のカメラマンと俳優に難しい演技やスタントをやらせることは、自分が遊んだ校庭の少年に戻り、想像的に自分をそういった場所におく方法である。
しかしヒッチコックの文学による影響に対する拒絶は個人的表現同様正式に見られうる。それは彼の映画の文字との違いを通じて定義される新しい物語の形としての評価を反映した。この正式な評価は、彼のジョセフ・コンラッドの「秘密スパイ」の1936年の改作で唯一の彼が試みようとした古典文学作品「破壊工作」の人気を呼ぶ失敗のあとで、彼にもたらされた。素晴らしい文学は、ヒッチコックが後にトルファウトに説明したが「誰かの達成物」であり、彼の文学と映画の間の区別を維持しよういう決断は彼らの議論のなかで何度も持ち上がっている。「私は文学に対して慎重だ。良い本が必ずしも良い映画になるとは限らない。」つまり「私は、もしフィクションの作品を読むと、本能的にこれで映画を作ろうかどうかと自問してしまうので、私はフィクションが読めないのだ。」「私がしていることは、たった1回だけ物語を読んで、もしその基礎となる考えが気に入れば、その本についての全てのことを忘れ、映画を作り始めている。」「我々が映画で物語を話す時、ただ他のことができないときだけ対話への助けを求めている。」そのような発言は映画としての映画の高潔さの自意識過剰な支持を表現している。つまり他の影響によって汚染からそれを、守りたいという希望である。良く似た忠誠心は「小説の構造」や「虚構の家」でたくさんのエッセイを書いたジェームスに存在していた。彼は「ふくれたモンスター」が彼らの作品の姿に不十分な敬意しか払っていない小説家を批判した。「小説と物語、発想と形式、それらは針であり糸である」と彼は自らのエッセイ「小説の技法」で発明した。
これらの人物のそれぞれが持たなければならなかった媒介物に対する形式ばった忠誠心はめいめいが自国を離れたという逆方向の思想傾向の背後にあるものである。ジェームスにとって、アメリカはライオネル・トリリンクが「小説家が自らの作品の実現のために必要な分厚くて粗い現実性」と呼んだものが不足していた。そしてそれは文学に富んだ伝統と密集した社会の歴史をもったヨーロッパ文化が豊富に提供していた。ヒッチコックは自分にとってイギリスの映画産業の狭苦しい施設と乏しすぎる予算によって制限されていると感じていたし、レオナルド・レフがいっていたように、アメリカのお金は言うまでもなく、アメリカのスタジオやアメリカの職人、アメリカの聴衆に「あこがれ」をもっていた。しかしそれがある意味で資源の追求を表している一方でヒッチコックの動きは別の意味でそれらからの逃げでもあった。というのもジェームスをアメリカから追いやった文化的かつ社会的密度のまさに欠如は、ヒッチコックに後に65年も定住させ、素晴らしい作品を作らせたものの一部だった。
ヒッチコックが最初期に認識していたところによれば、映画は、その出典となる文学的テクストを尊重しようとすらしないときに、最もよい仕上がりになるという。こうした反文学的傾向は、19世紀に表れ出てきていたアメリカ思想の重要な潮流と軌を同じくする。エマーソンは、「私は、本を金輪際読まないほうがいいだろう。本を読むということは、その引力によって、自らの軌道から大きく逸らされ、〔自分がコントロールする側である〕銀河系から〔恒星や惑星によってコントロールされる〕単なる衛星にされてしまうからだ」と言い、ソローは「(ウォルデン=ポンドでの)その最初の夏、私は本を読まず、大豆畑を掘り起こしていた」と書いている。ホイットマンも「部屋の窓に咲く1輪の朝顔は、本につらつらと書いてある空論などより私を満たしてくれる」と断言する。これらの作家たちは、自身が生活の糧としていた本というものを悉く拒絶し、より本源的でより能動的な表現の形式を望んでいた。こうして、彼らは実質的に、アメリカ的経験というものの活力を、ヨーロッパの凝り固まった因習や伝統の上に押し上げていたといえる。映画というもの*は、言葉よりも動きに主眼を置くが故に、19世紀のアメリカの作家たちが信奉し、彼ら自身の国と結びつけて同定した価値を代弁するのにうってつけであっただろう。そして、「文飾華美」な文体を毛嫌いし、「伝統」に属するものを出典として避けたヒッチコックにとっては、アメリカ的な表現媒体としての映画の可能性に開眼させてくれるような、概念的かつ気分的な源泉を得ることとなったであろう。
ヒッチコックのイギリスでの映画は、ヴィクトリア期のロンドンの感じが顕著な『下宿人』(1927)から、特異な型の社会が舞台の『バルカン超特急』(1938)まで、伝統というものと結びついている。そして、そこに理由があるとしたら、それらの映画が、伝統があらゆる形式の表現にまで浸透している社会において作られたからだ、というのが唯一可能な説明だ。アメリカに舞台を移した『疑惑の影』(1943)は、伝統の重みからは解き放たれている。たとえば、堕落とは、堕落の履歴がないところにも存在しうるものであることが示されている。『見知らぬ乗客』(1951)、『裏窓』(1954)、そして『知りすぎていた男』の1956年リメイク版、『めまい』(1958)、『北北西に進路を取れ』(1959)、『サイコ』(1960)――もすべて同じ雰囲気の中にある。これらの作品は、目立ってヒッチコック的であると同時に、典型的にアメリカ的な映画である。なぜならば、文学的な伝統だとか過去から受け継いできた感覚だとかを通して生産される、生や芸術といったものに関する認識によりかかっていないからだ。かわりに、ここに見られるものは、動きの中に表現される、めまぐるしく変わる経験や予想外の経験である。
文学と映画の基本的な違いを考えてみれば、――すなわち、文学は、言語表現にまつわる歴史的な崇高なる伝統に忠実であること、対して映画は、エマーソンの言を借りれば「経験の絶え間ない変化」に忠誠を誓うこと――ジェームズとヒッチコックが、人物*の描き方においてなぜ異なっているかが分かるだろう。つまり、ジェームズは、人物の隠された性質を明るみに出すために語りを用いるのに対し、ヒッチコックは人物を解き明かす過程で人物を創っていくために語りを用いるのである。だが、二人は、こうして人物の描出の仕方において異なるにもかかわらず、似たような途を通り、同じような場所に到達することになる。このことは、1881年のジェームズの小説『ある婦人の肖像』における人物描写と、1954年のヒッチコックの映画『裏窓』を比べてみればよく分かる。どちらの作品も、二人がそれぞれ信奉する規範*の驚くべき均衡と融合の結実であり、さらに、並べて眺めてみれば、それぞれ別々のメディアを通して別々の文化的コンテクストの中で描出されたにもかかわらず、人物の運命において、どちらの作品にも基本的な類似が確認できる。
『ある婦人の肖像』は、ジェームズの小説のうちで最もよく知られ、最もよく読まれたものである。ジェームズ自身もこれを称して、自身の「最もよくできている」2作品のうちのひとつであるとし、一般的に評論家もこれを最も優れた小説の範と位置づけている。
『ある婦人の肖像』がこれほどその〔小説という〕分野を代表するようなものになっているのには、女性の登場人物が、その内面的意識が物語を導くところのもの、すなわち、物語の「中心を担う知性」*となっているためという理由がある。女性主人公を使うことは、小説という形式そのものの歴史に否応なく関わっている。17世紀から18世紀にかけて、イングランドでまず起こり、やがてヨーロッパ全土に広まった経済的転換は、豊かな中産階級を大量に生み出した。この階級の女性は、依然として家庭内に閉じ込められてはいたけれども、召使のするような家事労働からは解放され、自身の感情面・精神面での生活を向上させるだけの自由を手に入れた。そして、その空想の世界は、文学的様式へと容易に変換されてしまうような、反功利主義的な思索としての側面をもっていた。初の重要なイギリス小説となる、サミュエル=リチャードソンの『クラリッサ』は、こうした状況にふさわしく、書簡体小説であった。というのも、「書簡体」という形式は、文芸評論家イアン=ワットが指摘したように、「家庭での安逸を捨てることなく進行する、私的かつ個人的な関係」という考えに基盤をおくものだからだ。ヨーロッパの小説というものが19世紀に向かって発展してくるにつれ、書簡体小説の個人的にして家庭的な特質は、より精巧により巧妙になっていき、今日我々が「心理小説」とでも呼ぶようなものを作り出した。すなわち、場面の進行・変化につれ、多くの場合女性の主人公の心の奥の襞にまで分け入っていくような尋問まがいの描写が、それも、何らかの障害や誤解が発生するたびに為され、最後には彼女にふさわしい男性と結婚することで彼女の運命が満たされるような種類のものである。ここで、こうした小説の伝統に連なるべくアメリカから渡ってきたジェームズやエディス=ウォートンと、アメリカに残りそうした伝統に反発したマーク=トゥウェインやハーマン=メルヴィルとに、アメリカの小説家をはっきりと区分できるということが、ヨーロッパの「心理小説」の影響力の大きさを裏付けている。後者の小説家たちは、同時代のもっと低俗で大衆的な小説家と同様に、もっと動きがあり、視覚的で、男性的、といった映画的な属性を嘱望していたといえるかもしれない。 しかし、ヘンリー=ジェームズを、ヨーロッパ的心理小説の型にはまった職人的小説家と思ったら間違いである。彼は伝統という規範の中での自らの位置づけにもかかわらず、自分をそのように位置づけた伝統というものの特性を裏切ってもいる。マーク=トゥウェインやエドワード=ホイーラー(大衆小説『デッドウッド=ディック』の作者)のようではないにしても、少なくともジェーン=オースティンほど伝統に固執してはいない。ジェームズは、明らかにヨーロッパ的小説の形式の体現に努力を払っているが、他方で、ヒロインにより多くの自由を与え、さらに自らの文学様式を新たな高みにまで押し進めることで、その形式を覆してもいるのだ。
《註》
*映画というもの filmはここに限らず、文中のいたるところで無冠詞で使われている。また、novelも同様である。
*人物 characterも文中では多く、無冠詞である。具体的な人物ではなく、描かれるものとしての「人物」、内面的な性質に焦点のある「人物」である。
*規範 the canonsは、文章冒頭で紹介されている彼らの創作上の信条のこと。簡潔に述べれば、ジェームズは内面を言葉によって描くこと、ヒッチコックは行為を言葉によらず視覚に訴えて描くこと。
*中心を担う知性 ‘central intelligence’は、ここでは、小説の中の女性の内面的な意識が、物語を進行させるところのものであるということを説明したもの。ヒッチコックが主に「出来事」によってストーリーを展開していったことと対比される。クオーテーション=マーク付きなのは、“the Central Intelligent Agency”(米中央情報局)等からの連想であるため。
《要約》
切れ目がちょっと難しいので、3つほどに分けました。
「ヒッチコックの反文学的傾向は、19世紀のアメリカの思想家たちと通ずるものがあり、彼が渡米して体現した映画づくりと深い関係がある。」
「ヒッチコックは視覚的側面から、ジェームズは文学的側面から、それぞれ自分の表現する情報媒体に強く影響された別々の方法で人物描写を行ったにもかかわらず、ふたりとも、彼らの到達点ともいうべき作品には、各々の信条がバランスよく融合し、むしろ類似している。」
「ヘンリー=ジェームズは、産業革命後のヨーロッパで興隆した女性を主人公とした小説の形式を受け継ぎつつも、一方でその伝統に逆らった独自の境地を切り拓いた
ジェームズの小説の形式とヨーロッパの小説の形式との関連は、彼が『貴婦人の肖像』において私たちにヒロインを紹介する方法に見られる。序文で、彼は次のように説明する。彼は主題の中心を若い女性自身の自覚におき、精神的な生活を送っている人にとって何が「刺激的」なのかを示すだろう、と。この自覚と精神的な生活への焦点当ては、ヨーロッパ国内の小説のキャラクターについての基本的な想定に一致している。それは、キャラクターが「深い」事を想定しており、その深さを測るという言葉の能力を発掘する事を利用している。しかしジェームズは彼が何をイザベル・アーチャーの「素晴らしく、完璧な自覚」として描いたのかを単純に喜んで考察したわけでは無かった。彼は、その世界で彼女を行動させるという義務を彼自身に課したのだ。小説の中のナレーターは「彼女は彼女自身をどう扱うつもりだったのか」と問うた。ジェームズの『肖像』での目標はキャラクターを形作る経験の影響を試す事だった。それは、ヒロインの意識を(再びエマーソンから借りてきた言葉である)「変化」の内の一つであるというポジションから動かすためである。サミュエル・リチャードソンのクラリッサ・ハーロウからチャールズ・ディケンズの小さなネルまでのヒロイン達は大いに反応し易く、彼女達が人生において身につけた圧力の下で揺れる彼女達の素晴らしい感情があった。『貴婦人の肖像』の中で、ジェームズはこの枠組みを突き破ること、以前の国内の伝統にあった可能性より自由で、より拡大したものの提供における言語の使用を望んだ。イザベルは彼が書いた小説の中で伝統から逸脱することが出来たのかという彼自身の問いに、彼は答えを出した。「ほとんどの女性はその問いを尋ねる機会が無い。ほとんどの女性は全く自分に満足していない。彼女達は、多かれ少なかれ優美で受動的な態度で、男性が方法を教え、運命を与えに来るのを待っている」イザベルを多くの女性のような受動的なポジションから解放するために、彼は彼女を自由にするプロットをうまく処理した。彼女の父の死に際して、彼女はおばによってヨーロッパに送られた。そこは彼女が死にかけのおじに取り入って、彼の死と共に幸福が離れて行った場所だった。彼女のいとこが説明する所によると、その金は彼女の船の帆に風を与えた。それは彼女に、その時代の多くの女性に小説の中でも外でも不足していた、機会を与えたのだった。
しかし、同時にジェームズは慣行に関連づけられたジェンダーとジャンルの範囲内でイザベルの自由を維持するために注意深かった。イザベルは「私は少なくとも冒険好きな人ではない。女性は男性とは違う」といとこに説明した。彼女の気性は戦争で戦うようなものでも、アマゾン川をボートで下るようなものでも無く、お金や地位の考慮無しで結婚するようなものだった。彼女の活動分野は広がっ たが、結婚の構想の限界内に明らかに含まれたままだった。
『背後の風』は尊敬をもってヒッチコックの真作を名付け親にした。『貴婦人の肖像』がジェームズの真作を名付け親にしたのと同じように。ロビン・ウッドによると、それはヒッチコックの最初の傑作で、ヒッチコック自身によると、それは彼の「純粋な映画フィルム」の素晴らしい例である。その形式的忠誠を守り続ける時、『背後の風』はジェームズの小説の構造上の、そして主題上の逆転であ った。もしジェームズの小説の女性主人公が、小説家がやるのと同じように隠した動機と欲求を試しながら、経験するフィルターとして行動するならば、ヒッチコックの映画の男性主人公は映画制作者がやるのと同じように、表面的な現実を記録する写真家である。L.B.ジェフェリーズ(ジェームズ・スチュアート)はジェフとして彼の友人に知られている、あたかも、ファーストネームが初めから境界線を無くし、親しい関係を作っているかのように。彼は後の災害や政治的反乱、スポーツイベントで成長し、そして彼を一つの場所に留めたり、一人の個人に繋いでおくような空想主義的な関係に身を任せることが出来なくなった。彼は全くもって「(何かに)なっていく」のであり、打ち立てられ根付いた「なっている」状態では無いのである。
逸脱の観点としてのキャラクタのこの概念を用いて、ヒッチコックは変化に作用し始める。ヒッチコックは足を骨折したジェフの能力を奪い、行動やビジョンのかれの分野を縮小し、ジェイムスがイザベルを男性の複製としたようにヒッチコックは彼を女性の複製とする。このように、ちょうどジェフが女性の意識がこの世界でどのように試されているのかをみようとしていたように、ヒッチコックは行動をする男がどのように意識するようになるのかということを示した。しかし、イザベルが自分の性に関連した慣習による限界を残していたように、ジェファリィズも彼自身の性の慣習による限界を残していた。イザベルのドラマは家庭に関連した問いを考える。つまり、彼女は誰と結婚するのか、である。しかし、ジェフのドラマは行動に関した問いを考える。つまり、セールスマンが自分の妻を殺したことをどのように証明するか、である。この背景にある性に結びついたテーマ的差異は生活条件に結びついた構造的な差異である。ジェイムスは連続的に彼女の動機や望みを伝え、我々を維持させる。なぜなら、それが、これをなすことが出来る言語の性質だからである。ジェイムスにおける行動は、本当は選択に対する理論的根拠についてである。しかし、映画は言語のするようなやり方で意識に侵入することが出来ないので、意識の進展を辞し気化するために表面的なイメージを使わなくてはならない。そして、これが殺人の媒介(手段)を通してすることである。ヒッチコックが説明する方法というものは、映画の概念の純粋な表現形式である。「あなたは外を眺めている動けない男性を見る。それは映画の一部である。次の部分では彼の見ているものを示し、その次には彼の反応を示す」眼を向ける:見る:反応する、つまり、極端な経験に対する視覚的、動的関係を通して、ヒッチコックは深さと感覚を伴う個人としてのジェフの成長を表現することが出来る。
ジェイムスの小説とヒッチコックの映画の成果は、彼らが自分自身のために設定した実存的な目標と両立している。他人の本当の性質を認識するための彼女の能力に納得される小説をイザベルは始める。彼女は、究極的に夫としてギルバードを選ぶ。なぜなら、彼女は彼が他人の持っていないものを持っていると考えたからである。しかし、彼女は正確には彼を見ていなかった。彼女は、自信の寛大で複雑な内的生活を彼に見せた。彼女が見せたものに対する解決方法は、現実としての世界との衝突から生じる。つまり、深層は表層に抑圧されているのだ。何が問題なのかをしっかり理解するために、ジェイムスはイザベルの表明の瞬間を視覚的な点で表した。彼女は部屋に入り、彼女の親友が立っている一方で夫が座っているのを見る。そして視覚的な図解は、2人が関係を持っているのだということを彼女に知らせる。小説の最初の方で、現実と十分に接していないという理由で友人に酷評される。夫とその愛人と面と向かわせることで、現実は彼女に復讐をもって思い知らせる。イザベルは彼女の想像的期待に一致した夫(慣習的にロマンティックな小説でヒロインに与えられるような夫)を選び、そして彼女の自己中心主義は償われる。彼女の意識は、戦うための抵抗を与えない。しかし、小説が意図しているのは、ヒロインを懲らしめることである。つまり、より他人の動機に疑いを持つことを教え、現実がどんなにずるいかを示すことである。
ジェフはイザベルと違い、想像や投影の力で映画を始めはしない。足の骨折に関して彼をそれほどまでに憤慨させたのは、骨折したせいで独りぼっちになり、動けなくなったからである。そして、楽しむような内的なものがなかったからである。小説の中で意図や感心の中心的位置を占めている結婚は、映画の中では最後の手段の最も憂鬱なものである。ジェフは電話で社長に警告する。「もし君がこの退屈の中から僕を救い出さないのら、僕は何か大変なことをするよ。結婚するよ。そして、二度とどこにも行けなくなる」彼の隣人をこっそり見ることはジェフの時間つぶしの方法になる。しかし彼が感じることが出来るようになるのはこの職業を通してであり、観客が、そうでなければ従来のアクション映画ではジェフには居場所がないという感覚の正体を暴き始めるのもジェフの経験を通してである。
ジェフの家の窓の向こう側のアパートで起きたシナリオは彼の「場合」の全ての型であるが、ソーウォルドの筋書きが彼自身のものに最も合っていて、その発展が彼のものとの対照型へと近づくことを運命づけた。ジェフが初めてソーウォルドが口うるさい、病弱な妻の奴隷であるのを見つけたとき、彼はまるで自分のガールフレンドのリザ(グレースケリー)と結婚したらどうなるかというのを、上手く観衆のために上手く誇張された映画で見たかのようだった。「時に走ることよりもとどまることの方が悪いことがある」と、ソーウォルドがアパートで激怒した後、自分に言い聞かせるようにコメントした。その後、彼がソーウォルドは殺人をしたのではないかと疑い始めたとき、彼は単に願いの成就を考えているようだった。「ソーウォルドのアパートで起きたことはジェフのリザを排除したいという願いの、過激かつおぞましい形での成就を象徴している。」とロビンウッドは書く。しかし、その願望はすぐに違うものに変わる。ジェフが彼の殺人の理論を立証するのに熱中するにつれて、彼は彼の見たうわべのシナリオにより自身を投影する必要がある。そして彼はより犠牲者の人生を考えなければいけない。「彼女は病弱だ。彼女には継続した治療が必要だが、誰も彼女を一日中見ていることはない」と彼は説明し、彼の声はソーウォルド夫人が、その死の直前までそうであったように、きつく、強烈なものになっていった。見方の変化は関心、識別、そして熱意の活性化をもたらした。彼がソーウォルドを追い、最終的に彼が疑う者と直接向き合ったとき、彼は非常な行動に直面した、固定された意識という立場にあった。彼は彼自身をその夫人の立場に、ソーウォルドを以前の彼自身の立場に置いた状態で犯罪を生じさせた。。
ある段階において、映画はジェフを典型的な男性の立場から取ってきて、典型的な女性の立場に置いているが、その変化は性別の関してではなく、より大きな構造の問題である。「裏窓」はヒッチコックの、普通ではない微妙さと力の誤認構想なのだ。私たちはもともとソーウォルド自身が誤認の犠牲者ではないかと思わされる。そしてジェフは誤って彼を殺人者として避難しているのだと。しかし、観衆がジェフが正しいのだと確信するにつれ、より彼に共感し、誤認構想はジェフ自身へと移っていく。殺人を解決するとき、彼はソーウォルドとの誤った同一視をやめ、ソーウォルドではない(本当に自身が作り出した)自分自身との同一視をする。この動きは、見かけは重要ではない関係の詳細を重要なものとして読み、理屈抜きで仕組みを信じ、典型的でホモソーシャル(擬似的な同性愛的連帯のことだそうです)な反応を排し、(彼が彼の彼女が恐怖を感じながら中庭を通るのを見ていたので)責任と罪を引き受け、最後に、ソーウォルドの攻撃に直面し、傷つきやすいことを経験するということを伴う。イザベル・アーチャーが、彼女はすばらしく、分別のあると考えていたが、実際は冷たく、貪欲な男と結婚したとき、彼女は間違っているとわかった。なぜなら、ジェームズはイザベルに彼女の知らない外側の世界を知ってもらいたいからだ。ジェフの教訓はもう一方へ向かった。彼はあまりに外の世界にいすぎるので、あまりに物事への典型的な考え方に支配されている。枯れ葉より投影に没頭する必要がある。ある意味で、小説と映画の成果というものは作り手が、その個性を複雑にし、生活環境の典型的な特質に育てられた充足感から彼らを揺さぶる方法を表している。イザベルは、彼女自身の意識の豊かさに満足しており、そのことが私たちに文学の言語の機能を伝えている。ジェフは意味が表面にあるという考えに満足していた。それが映画が表現するのに最もふさわしいものだ。ジェフの成長は同時にヒッチコック自身のものと平行している。彼が単純なアクションサスペンスの映画を作る仕事を始め、1950年代から60年代にかけて徐々に個性と関係性のより深い側面を追求するようになった。この流れの中で、ソーウォルド夫人はこの進化の象徴となった。彼女は表面重視で、アクション性質の映画の環境の中に移された、制限され、感情に満ちた小説のヒロインである。彼女は初め否定的に見られ、それから見直され、名誉を回復させた。言い換えれば、彼女はヘンリージェームズが具体化し、ヒッチコックが拒絶したが、実際は彼が後ろのドア(もしくは裏窓)から自分の映画に取り入れている、美辞麗句を連ねた文学の伝統の残りである。
Portrait of Lady and Rear Window は、外界を認めているという点で、彼らが描く世界と似ている。ジェームズは主人公の意識を中心にして小説を書いたけれど、その意識は外界にあるものの影響で変わりうるということもはっきりさせている。問題は、彼が他の場所で「現実」と「空想」と描写するものの区別からくる。「私が思うに、現実は私たちが知らないでいることができないものを表している。遅かれ早かれ、そしてあれこれしてるうちにどうしても知ってしまう。一方空想は、この世界にあるどんな手段を使っても、どんなに富や勇気があっても、どんなに機知や冒険心に富んでいても、人が決して直接知ることのできないものを指している。私たちの考えや願望を通してしか、そこにたどり着けない。」主人公イザベルは小説の大半にわたって、空想の国で生きてきた。夫と親友が一緒にいるのをついに目撃して、浮気していると悟ったときに、初めて現実に直面した。同様に、ヒッチコックは映画の筋を完全に現実に基づいて(つまり世界に現れているイメージどおりに)描くけれど、彼は経験には、見かけだけの描写には通用しない側面があると認めている。そして男主人公に、これを認めるよう教えている。彼は、目を閉じて窓の外に顔を向けているジェフで、映画を締めくくっている。これは、彼が見るものは映像では表現できないということを表すためだ。ジェフは今や、空想の世界に入ってしまっている。
これに似た価値の統一を(異なる全く反対の始点からその統一へたどり着くのを通じて)考えるために、わたしはこの2つの作品を提示したが、その作品の考案者それぞれの基準という背景、それからもっと大きな作品が作られた時代・場所の文化的背景も大事である。この2つの作品には、並外れたバランスの表現がある。その表現のあと、ここではつり合っていた「内部」と「外部」の関係が壊れ始める。来ようとしているものの手がかりは、作品の中にある。Portrait of Lady and Rear Windowでイザベルが夫の浮気というという事実に直面して、死にそうな彼女のいとこを訪ねてはならないという夫の言いつけを拒んだとき、小説の結末は、論理的に見て彼女の行動の副産物に見えるものではない。つまり、離婚して自力で生きていく決断をするのではない。そうではなく、彼女はローマへ行き、夫のもとへ戻る。これには多くの読者が困惑し、道理に外れていると思う。しかし、彼女が戻るのは、ジェームズの究極の忠誠につながっている。この忠誠は、目に見える現実のうわべに対してではなく、個人の意識の空想上の深さや内なる自己が現実を飲み込み、形作る能力、つまり空想の領域を形作る能力への忠誠である。「イザベルは何をしようとしたか」という問題によって、小説が始められた。いま、その問題が再びもちあがっていて、難しさが新たな段階に入っている。イザベルは不幸な結婚をどう扱うか考えなければいけない。この小説の中では、ジェームズはその新しい問題には答えていない。彼はイザベルを無防備なままにしている(?)。しかし、彼は最後に完成した小説he Golden Bowl(同じく女主人公が夫の浮気を発見する話)で、その問題に答えに戻っている。この小説では、Portrait of Lady and Rear Windowのように話の終わりに向かっているときに浮気を認識するのではなく、話の真ん中らへんでする。そして、後の話は主人公が夫を取り戻そうと(彼女の見方では夫を自分に融合しようと)頑張る姿が記録されている。イザベルに同じことはできたのだろうか?冷淡で自己中のギルバート・オズモンドは、救いようのない人物に見える。しかしそれは、彼が異彩を放ったその小説が、もっと難しい種類の想像上の盗用の可能性を考慮に入れていないからかもしれない。後の小説では、設定が変わっている。主人公の意識があまりに強く、専制的なので、何もそれを妨げることができない。
心の力で負けを勝ちに変えるヒロインの才能が、基本的な演技を構成するというジェームズの晩年の作品に関して言えば『The Golden Bowl』は一連の小説で最高のものだった。ジェームズの初期の小説 ―ヨーロッパの小説形式との繋がりを維持している― は、ヒロインたちが働かせる想像力内での、構造としての結婚構想の話が中心であった。しかし後の小説において、結婚は(『The Ambassadors』や『The Wings of a Dove』におけるように)解体され、(『The Golden Bowl』におけるように)急激に改良され、他の人間関係によって取って代わられもした。『What Maisie knew』の子役ヒロインであるMaisie Farange は、彼女の女性家庭教師との関係を、彼女にとって本質的に大切なものへと変えた。『The Awkward Age』の思春期のヒロインであるNanda Brookenhamは80歳の祖父のような人物と駆け落ちをする。『The Spoils of Poynton』の婚期に達した若い女性であるFleda Vetchは、一度は誰もがそうすべきだと彼女に対して言ったように莫大な富を持つ独身の男性と結婚したのではなく、その男の母親と結婚した。ジェームズはこれらの結婚のような変化を、言葉の力において達成した。彼の後の作品では会話が多い。それも劇中でよく聞く芝居じみた単純な会話ではなく(ジェームズが悲惨なほどに舞台の台本を書き損ねたのはこの時期であった)、現実との食い違いがない会話である。これらの小説の登場人物は、断片的で、謎めいた問いかけをするoverdeterminedの台詞を話す。また登場人物は、台詞を完成途中の、もしくは理解しがたい言葉で書かれたままにし、give each other long looks、または“決断を控える(hanging fire)”(好きな言い回し)。《←ゴメンナサイ、意味が分かりません。》ジェームズのアイデアは、考えが決して完璧なものでなく、文章の意味を明確なものへと変えるのは“他人”、究極的には読者である、というものである。『The Golden Bowl』の終盤で、Maggieの父親と継母はアメリカへ旅立ち、Maggieは夫と取り残される。私たちにはMaggieが何かを成し遂げたことは分かるが、その成し遂げたものが何であるかを決めるのも私たちである。このエンディングは悲しいものだろうか、それとも大成功の喜びに満ちたものだろうか。Maggieは愛情や恐怖によって夫を従わせたのだろうか?この小説はより深いところまで問いかけてくる。つまり、愛と約束とは何かである。それは、身をささげることや、忠誠の表現だろうか。それともばらばらに砕けた意思、自我の崩れ、わがままに振舞う意思の表れだろうか。そのような疑問は小説の最後で出てくるが、解決されず、さらに解決できないままにされる。真意は常に代わり続ける。読み終わって本を閉じる時に、どんな答え、さらにどんな答えの組み合わせを選んでも構わないのだ。私たちはコンピュータが発明される前から、ハイパーテキストの領域に足を踏み入れているのだ。
ヒッチコックの後期の作品では、登場人物の描写も新たな特徴を持っている。ヒッチコックの視覚に関する志向というのは、1950年代後半まで、登場人物のアイデンティティー構築のために構成している手段として、外部の世界が機能することが必要な現実という概念と結びついていた。(誤ったアイデンティティーの例に基づいて展開する)サスペンスの構想は、殺人者と関係づけて主人公を明確にするように意図されていた。これは『The 39 Steps(1936)』のような初期の映画における、対立を通しての簡単な定義の例である。そしてこれはやがて、『Strangers on a Train』、『Shadow of a Doubt』、『Rope(1948)』、『I Confess(1953)』などにおけるように、主人公がどのように生きないかを学ぶにつれて、望ましくない気質や癖を改善するものとなる。最終的に(これらの構想の中で最も発展している)『Rear Window』では、主人公はどのように生きないかだけでなく、どのように生きるかも学ぶ。主人公は自覚し、感情的で想像的な人物となる。これらの映画すべてにおいて、現実の外観、うわべは決して破られることがない。登場人物は、慣例的に現実のように見える世界に存在することによって、本当に登場人物そのものになる。
しかしヒッチコックの忠誠心は1950年代前半から1960年代後半の、誇張されたテーマやムードエフェクトが特徴的な一連の映画【過度のドキュメンタリー現実主義という特徴のある『The Wrong Man(1956)』、夢のような映像、幻覚のようなシークエンス(*1)という特徴のある『Vertigo』、奇妙な言葉の抑揚、人為的な背中の映写という特徴のある『Marnie(1964)』、科学フィクションであるテーマや映像といった特徴を持つ『The Birds(1963)』、正統的でない構成(マーキースター(*2)が大量殺人をする)や、主要登場人物が精神病であるといって特徴を持つ『Psycho』】において、変化していく。これらの映画でヒッチコックは、主人公の登場人物としての発展と従来のサスペンス構想とのつながりを無視している。サスペンスは、もはや登場人物が異常事態にどのように対処するかということが話の中心となるものではない。サスペンスはいまや登場人物の内なる自己との葛藤に直接焦点を当てている。つまり『The Wrong Man』の消極的な性格のMannyや、『Vertigo』の男らしさが失われようとしているScottieなどである。『Psycho』と『The Birds』のNorman BatesとMitchはマザコンである。『Marnie』のRutlandはサドマゾヒズム(加虐被虐性愛)である。ヒッチコックは1945年には、『Spellbound』の夢のようなシークエンス(サルヴァドール・ダリの意図的なデザインの使用によって示された超現実主義)、主人公の精神的生活がより大きな、そしてより慣例的なサスペンス構想によって成っている映画においてのみ、精神界というのがどのようなものであるかということを示した。『Rear Window』でヒッチコックは『Spellbound』において適当に分類したものを取り上げ、一貫した中間的段階を示した。ヒッチコックは映画の中で、(サスペンスに満ちた演技の場所と、Jeffの無意識を示すものという二つのものの代わりとなる)Jeffの窓から見て中庭の向こう側にマンションを配置した。『Rear Window』(最大限の能率)にはErwin Panofskyの、映画が映画の技術に払わなければならない代償は、演技と心理状態の両方、または哲学が空間を占めなければならないことだ、という意図が含まれている。しかしヒッチコックの後の映画はもはや、この二元的な空間性を引き起こそうとはしていない。
(*1)シークエンス・・・(映画用語)いくつかのシーンを寄せ集めた一続きの画面。
(*2)マーキースター・・・映画館の入り口で上映中の映画を知らせる看板などに載っているスター(俳優・女優)のこと。
ヘンリー・ジェイムズにとって、言語はそもそも人間の心理を表現するための手段であったが、後には言語がそれ自体で要素となる。つまり、無限に意味を表現をする手段としての言語それ自体が目的となったのだ。ヒッチコックにとって、映画のシーンで描写される出来事は、そもそもは現実を表現するためにつかわれたが、次第に表面的な事実を超えた内面の生活をあらわすようになった。二人とも、ジェイムズが言ったように「現実へのケーブルを切る」それぞれの方法を持ち、それによって、表現の世界では基本となる、2つの対立する軸である「内部」と「外部」の区別をなくしたのだ。事実と作り話、自己と他者、内面の意識と外部の現実といったものは、対立するはたらきをする。こうした対立軸なくしては、筋の通った話とか、登場人物の造形とかは不可能である。ジェイムズもヒッチコックも、それぞれの表現者としての経歴の晩期には、抽象的な方向に向かっていった。
ジェイムズの後期の小説は、一見したところ登場人物に焦点をあてているように見えるが、実際のところ、いかに登場人物を造形するかがメインテーマでは決してない。そうではなくて、言語がいかに不確実なものであるかを実験する場となっている。同様に、ヒッチコックの最後の映画は、それ以前の作品と同じくサスペンス映画の枠組みを使ってはいるが、決してサスペンスあふれる映画ではなく、躍動的なイメージの構想を並び替えるという実験の場なのだ。これを、「pure cinema」と呼ぶ批評家もいる。(以下具体例)『トパーズ(Topaz・1969)』は、おびただしい数の場面、筋書き、そしてそれぞれ異なった国籍、アクセント、忠義心を持ち、複雑だか究極的には取るに足りない陰謀(キューバ危機らしい?)におびき寄せられていく登場人物たちからなる映画だ。この映画で最も記憶に残る場面は、(キューバの地下運動員の)ファニタが死ぬ場面である。それは映画を見ているうちに彼女に感情移入したからではなく、単にそのシーンが(視覚的な意味で)光り輝いているからである。『フレンジー(Frenzy・1972)』では、結婚と食べ物と殺人の奇抜な比喩がうまく絡み合っている。これはトリュフォーという批評家の言葉をかりれば、「殺人が主題のクロスワードパズル」である。(よくわかんないけど、フレンジーってのは奥さん殺されて友人に相談したら、実は友人が犯人でそいつに罪を被せられる不運な男が主人公な話らしい。こわいね。)『ファミリー・プロット(Family Plot・1976)』(ヒッチコックの遺作)では、パターン化された行動が次から次へと場面をかえていき、確固とした本拠地も目的地もなく、だんだんと自由が失われて抑制されていくさまが描かれている。この映画の中の、2つの主題の余計なシーンは映画の表面的な構造を脚色している。ひとつは制御できなくなった車の中で奮闘する滑稽なシーンであり、とても近いところから撮られているので、手足をばたつかせる様子が分かる。これは暴れ狂う様子を描写する、ひとつの決まった型である。もうひとつは共同墓地の迷宮でばったり会うシーンで、上空の視点から撮られていて、人影は迷宮の一部となっている、
ジェイムズとヒッチコックの作品(の変化)は、たまたま彼らが晩年経験した世紀末の不安感を反映したものであると考えたがる人がいるかもしれない。(だが、原因は他のところにある。)おそらく、長く安定した評価を保ってきた芸術家には避けられないことなのだが、晩年になると、自らが活動の場としてきた表現の媒体(ジェイムズなら小説、ヒッチコックなら映画)の限界を、自分の役割を超えた所まで拡大しようとするものなのだ。自分の役割を超えた点というのは、革新が枯渇と一緒になる所、言いかえれば、その分野で新たに何かしようとしても、それに必要な資源が使い果たされているという所である。ウォルター・ベンジャミンが書いたように、それぞれの分野の芸術は、(発展の結果)新たな芸術分野の創出によってしか満たすことのできない欲求を生み出すのだ。ジェイムズは暴走して、登場人物の分割や、登場人物の外部にある世界の創出といった、小説という表現形式の制約をうけない新たな表現の媒体をうみだそうとしていたとみることができる。ハートレー・グラタンの言葉にあるように、ジェイムズは英語という言語を極限まで使おうとしていたことを考えると、原点回帰した映画が無声映画でなくてはならないのは納得できる。あたかも単なるナレーターの役割を超えた言葉を取り除こうとしたように。言葉を躍動感あふれる映像におきかえることで、映画は、ジェイムズや他のモダニズムの作家を侵食してきた「現実」の概念を取り戻し始めた。しかし、ヒッチコックの例が示すのは、映画がどのようにして、文学が映画以前に成し遂げたように、みんなに共有された現実という幻想から脱したのかということだ。(このへん意味が分からない)
かつては極めて優秀な大衆娯楽であった映画が、他にもさまざまなマルチメディアがうまれることで衰退していく頃、ヒッチコックは死んだ(^-^)/(そのようなマルチメディアの一つである)テレビゲームは、ヒッチコックがサスペンスを純粋なスリルと純粋な構成の2つに解体したことの影響をうけている。(純粋なスリルにはファミリー・プロットのブレーキがない車、純粋な構成には共同墓地の迷宮の探索シーンが、それぞれ例示できる。)同時にテレビゲームは、ゲームをコントロールできるプレイヤーという人格を追加することで、「内部」と「外部」の(後期のヒッチコックがなくそうとした)区別を再びつけようとしていると言える。しかし、バーチャルリアリティのゲームが出現しつつあることで、おそらくこの区別はまたもや消えていくだろう。こういったゲームなどで見えるものはあちこちに揺れて、内面の生活と外面の現実、自己と他者といった区別が曖昧になる。これらの区別がついたり、消えたりする揺れ動きの間隔はだんだん短くなって、同時に表現はよりリアルになっていく。
この流れが最終的にどうなるかを予言することは難しいが、ヒッチコックが偉大な先駆者であるジェイムズ同様に映画で試したことから分かるのは、生まれ、生き、死ぬといったキャラクターの運命は、表現媒体と切りはなせないということである。